2008年11月5日水曜日

熟考をアフォードするメディアとは?

パソコンを隠せ、アナログ発想でいこう!―複雑さに別れを告げ、“情報アプライアンス”へ

先日別のブログに書いた「Knuth 先生が語る、思考と執筆の同期問題」という記事にも通じる話です。Knuth 先生は思考の早さ以上にタイプできてしまうが故に、手書きで原稿を執筆する事を好むようです。ではなぜ手書きだとうまくいって、ワープロで書いてしまうとそうではないと感じるのでしょうか。

その答えのヒントが、ここに挙げる本「パソコンを隠せ、アナログ発想でいこう!―複雑さに別れを告げ、“情報アプライアンス”へ」で述べられています。この本の第6章にで、著者のD.A.Norman先生は「パソコンはインフラである」という認識に立って、各種メディアが「アフォードする」(人間の行動を規定する、とでも訳したら良いでしょうか?)モノについて説明されています。まずは、アフォードする、アフォーダンスという意味について、ここに引用してみましょう。

 物理的なものにはアフォーダンスという、強力だがインフラの中ではほとんど理解されることのない部分がある。物理的なモノは多くの役割を果たすことができる。岩は動かし、転がし、蹴り、投げ、座ることができる。すべての岩ではなく、動かす、転がす、蹴る、投げる、座るのに適した大きさの岩だけである。可能な動作の集合のことをそのモノのアフォーダンスと呼ぶ。


ここで Norman 先生は、放送メディアの特性(たとえばコメンテータやパネリストはテレビやラジオの放送中は質問に対して考えたり熟考したりする時間がほとんどない上、コメントもサウンドバイトと言われるほど短く簡潔にすることを求められる等)を述べた上で、次のように語っています。

一方、書くことはリアルタイムで行われないため、内省的な黙考をアフォードする。書く人はメッセージを組み立て、意図した内容がちゃんと伝わるようになるまで書き改める時間を取ることができる。さらに、概念を詳細に分析するための余地がある場合が多く、サウンドバイトの制約を除くことができる。そして読む人は、意味を熟考したり、いくつかの節を読み飛ばしたり、他の節をじっくりと読んだりする時間をとれる。このメディアは熟考をアフォードするのである。
(pp.162-165, D.A.ノーマン, [パソコンを隠せ、アナログ発想でいこう!―複雑さに別れを告げ、“情報アプライアンス”へ]より引用)

つまり、Norman 先生は、インタラクティブではない文書メディアは書く人に熟考を促すものであり、インタラクティブなメディア(電子メール、手紙、ファックス、etc.)とは違うアフォーダンスを持っていると述べています。

私はこれを読んで、物事を考え抜こうとするのであれば時間はどうしても必要なのだ、ということを再認識しました。当たり前のことですが、生産性という枠に縛られて、考える事に時間を書ける事を忘れてはいなかったかと、少し反省しています。

今、多くの人が電子メール等で文書をやり取りし、仕事では素早い決定と素早い行動を求められます。しかし、それはしばしば誤解を生み、作業を後戻りさせる危険性を孕んでいます。スピード重視のリアルタイムのコミュニケーションにはもちろん良い所もあります(この本の別の部分ではそれについても論じられています)が、Norman 先生は熟考するという意味では「書く」メディアにそのアフォーダンスがあると考えているようです。

この本の原書が出たのは1998年ですので、その当時はまだ「ブログ」というメディアは一般には存在しなかったはずです。ですから、Norman 先生はブログや Web 2.0 的なサービスについては考慮にいれていないと思われますが、この指摘は非常に示唆に富んだものであると私は思いました。

熟考というアフォーダンスを持った「書く」メディアと、電子メールの双方向性を併せ持ったよう「ブログ」は、ともすると熟考をアフォードしないものにもなり得ますが、使い方によっては、対話型メディアと従来の「書く」メディアのいいとこどりができるメディアであると言っていいのではないかと私は思います。各種勉強法のビジネス書の作者の皆さんが「ブログはいい」「ブログはお薦め」と声を大にして言うゆえんが、この辺りにあるのではないかと私は考えるのですが、みなさんはいかがお考えでしょうか?

この本は面白いのです。私はもっと早く読んでおけばよかったと反省していますが、今読んでも十分通用する内容ですので、是非興味のある方は読んでみてください。

追記:
Knuth 先生は電子メールも自分ではなさらないようですね。秘書の方がすべて代行されるようです。人間の秘書は高くつきますが、Google の G-Mail のエージェントが賢くなれば、私もメール処理の秘書が持てるでしょうか…? ちなみに、Norman 先生のエージェントというコンピュータの煩雑さについての解決策の見解は、条件付きではありますが「価値ある夢になり得るだろう」だそうです。